今年一番面白い漫才師を決める「THE MANZAI2011」の
決勝大会が17日、東京・フジテレビで開かれ、
09年のM―1王者の「パンクブーブー」が初代王者に輝いた。
佐藤哲夫(35)は「今なんにもボケが思い浮かびません」と感涙。
優勝の特典としてフジテレビのレギュラー番組出演権を獲得した。
1516組の頂点に立ち、09年M―1グランプリとの2冠を達成。
大会後の会見で、黒瀬は「M―1優勝の時、できなかった
ガッツポーズができました。凄くうれしい」と胸を張り、
佐藤は「相方がガッツポーズできてよかった」と笑顔を見せた。
今大会の最終予選の本戦サーキットを2回ともトップ通過。
ワイルドカード(敗者復活戦)を勝ち上がった銀シャリを含む
ファイナリスト16組が4組ずつ4ブロックに分かれて戦った
決勝ファーストラウンドでは、病院にまつわる怖い話のネタで、
最高顧問を務めたビートたけし(64)の爆笑を誘い、
審査員9人と視聴者投票1票を加えた10票のうち9票を集めて突破。
各組1位が激突したファイナルラウンドでも、
新聞勧誘員にまつわるネタで、5票を獲得して頂点を勝ち取った。
【芸風】
主に漫才を専攻しているが、時々コントも行っている。
佐藤の低い声や口調を生かしたキャラや黒瀬の戸惑い気味のツッコミが目立つ。
M-1王者となりメディアへの露出が増えた現在でも舞台に立ち続けることに
強いこだわりを持っており、ネタとトークの単独ライブをほぼ毎月開いている。
【福岡吉本】
佐藤は6期生、黒瀬は8期生として福岡吉本でデビュー。
佐藤は約6年間、黒瀬は約4年間福岡吉本に在籍していた。
パンクブーブー結成前までは、佐藤は「モンスターズ」、黒瀬は「バレッタ」と
いう別のコンビで活動していた。
佐藤は元・福岡吉本所属で、相方が福岡市出身のため、
福岡出身と勘違いされることが多い。
佐藤哲夫 (さとう てつお) 1976年4月3日生 大分県出身
黒瀬純 (くろせ じゅん) 1975年5月8日生 福岡県出身
初対面は黒瀬を含む福岡吉本8期生の歓迎会で、佐藤はその二つ上の先輩として
彼らと顔を合わせた。
お互いの第一印象は佐藤→黒瀬「ダサイ奴」(黒瀬曰く、「当時は重ね着さえすれば
お洒落だと思っていた」といい、「重ね着の黒瀬」というあだ名が
つけられていたらしい)、黒瀬→佐藤「寡黙で雰囲気のある、ちょっと怖い先輩」で
あり、とりたてて好印象というわけではなかった。
それからしばらくは特に大きな接点のないままであったが、
パチンコ好きで目押しが得意だった2人は深夜パチンコ番組のレギュラーに選ばれ、
それをきっかけに親交を持つようになる。
ちなみに、この番組のMCを務めていたのは、後に佐藤の義兄となるコンバット満。
その後、ほぼ同時期にお互いのコンビは解散。
上京を考えていた2人は自然と行動を共にするようになる。
そして、たまたまボケとツッコミだったということから、
「東京で相方を探すのは大変」「とりあえず2人でやってみようか」という流れになる。
偶然と成り行きが重なった形で、2001年4月に佐藤と黒瀬でコンビ結成。
ちなみに結成当初のコンビ名は、「ブーブー・ザ・パンク」だったが、
程無くして現在のコンビ名「パンクブーブー」に改める。
コンビ名の由来は、それぞれの解散してしまったコンビを車に例え、
「車(ブーブー=コンビ)がパンクしてもくっついて力を合わせれば
まだ走れる」という意味。
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